慈悲の「悲」という愛
このところ虐待やこどもの事件のことでもお声を掛けて頂くことが増えました。
関心を持って頂く方が増えるのは、とても喜ばしいことなのですが。。
その多くは「許せない」「信じられない」という怒りです。
その心情は私もとても分かります。
現場で傷ついたこどもを看てきて、今でも顔が浮かぶくらいだから。。
想像しただけで切なさを越えて、苦しくなる方がいるのも事実でしょう。
行き場所のない、やりきれない気持ちでもありますね。
そして愛があれば、そんなことは起こらない。
愛情が足りないのではないかという問いを頂きます。
怒りや糾弾は必要なこともありますが、
悲しい気持ちだけが人の心に黒く増えていく気がして少し心配になる。
愛情があればという主張も、
では愛情がなかったのかといえばそれはどうでしょうか?
人に愛情のない人っているかな?
誰もが持って生まれてくるのではないかしら?
愛情ってシンプルなようで、
心模様は複雑なのかもしれません。
親の愛は無償と言われますが、
ここは愛着の方に傾いていて。。だから誰でも自分のこどもが一番ね。
愛着は大事な要素ですが、
自分の子や自分の仲間だけとなると煩悩の所産とも成り得ます。
肉親が思い通りにならないと、
憎しみに通じていくことがありますね。
人にはどうしたって、愛されたい欲があるから。。
この点を大きな愛とひと括りにすることが、
現代の誤解を生じさせている気もします。
となると、必要なのは「慈悲」という言葉かな。
自己の執着を手放し、他人や生き物を大事にすることですね。
慈悲の「慈」は、
他人へ安楽をもたらそうとする誠実さ。
「悲」は、他人の苦を取り除こうとする思いやりです。
仏教だと、生きとし生ける全てのものへの愛となる。
慈悲の「悲」って、悲しいという字なんですね。
悲哀に気持ちを寄せていくことかなとも思います。
愛情のすれ違いは、人の悲しみでもあります。
確かにとっても悲しいね。
ここに手を伸ばせると、また何かに繋がるのでしょう。
誰にでも生きる悲しみはあって、
一緒に悼むことができたら本来の大きな愛情になるのかもしれません。
愛情はこころの奥から湧いてくるもの。。
悲しみとも案外近くにあるもの。。
ずっとあなたの中に寄り添ってきたもの。探さなくていい。
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