悼みのシェアリング
痛みでなく、悼みです。
悼みとは・・
「悼む」の運用形、あるいは名詞化したもの。
悼むの意味は、人の死を哀しみ嘆くということ。
悲しみを感じるということですね。
人なら誰もが持つ想いだと思います。
この言葉には、ふたつの意義があります。
死後の平安を祈ること
死を残念に思うこと
シェアリングというと、
悲しみを分かち合うことの意義だけを想い浮かべませんか。
しかし・・
分かち合いって寄り添えば寄り添うほどに難しい。
出来ないと言いたいのではないのです。
どこまで寄り添う気持ちであっても、
他人が当事者のように残念に思うことには限界が生じます。
時代とともに、生活の多様化とともに、
死後の平安を祈るという方がシェア出来なくなっている。
どうでしょう?そんな気がしませんか?
遺された人の救いになる方は、
残念に思うだけ・・悼みを共有する。
先に逝かれた方への感謝と祈りを持ち続けること、
ここが薄らいではどこかですれ違う気がしています。
自分が祈ることが何になるのかも分からなくてもいい。
小さな小さな気持ちかもしれません。
でも想いを持ち続ける、
そんな心情で悼みをシェアする形があってもいいのだと思いたい。
それだけでも出来ることがある。
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