ボタンの掛け違い
悲しい事件を耳にして、胸が苦しくなるけれど。
それは、ボタンの掛け違いだったのではないかと思う。
人は誰も苦しさを目指していないし、
悪いことをしようと思ってはいないのだと信じたい。
何か、ひとつボタンを掛け違えてしまったのかもしれないね。
苦しいって言えていれば。。
助けてって言えていれば。。
悲しさまでの間に、どこかでとめられなかっただろうか。
人の気持ちがこの社会を作っていくと信じていて。
昨夜も書いたように
おんなじ人間。
少し自分から遠くても、自分のおんなじかもしれないと
気持ちを少し近づけられる人が増えれば
声を掛けたり、手を伸ばそうと出来たりしてみようと
思える人も増えるかもしれない。
そういえば、今更だけど
「生きる」を考える~響いてきたいのちからの言葉は
そんな気持ちでやりたいと始めていたのだった。。
最終回を前にして、いろんな思いが巡る今日この頃。
いろんな想いを薄れさせずに、歩もうと思う。
ボタンが掛け違っちゃうなら、ファスナーにすればいいじゃんか。。
昔、そんなことを言われたことを思い出した。
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